大方洋二の魚って不思議!

写真を通して魚類の生態や海について考える

紆余曲折のカモハラトラギス

トラギス類は好奇心が強く、他の魚を撮影していると近寄ってくる。したがって、正面顔が撮りやすい。トラギス科は日本に30種分布している。初めて柏島を訪れた91年、転石帯で見たことがないトラギスを撮影した。図鑑を見ても載っていなかった。
見たことがないトラギス(91年・柏島

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3年後、三宅島でペアと思われるカモハラトラギスに出会い撮影した。オスは頬のあたりに縞模様があるので見分けがつくが、メスと思われる個体は縞模様がなく、柏島のものと同じように見えた。ちょうどそのころ『日本の海水魚』(山と渓谷社)の制作が始まっており、リストに合わせて写真をお貸しした。結果、柏島で撮ったものはメスと判明し、三宅のオスと共に掲載されたのだった。
ペアと思われるカモハラトラギス(94年・三宅島)

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カモハラトラギスは混乱が続いた。「カモハラ」は、高知大学高知県の魚類相の調査・研究をされていた蒲原捻治博士(1901~1972年、約50種の新種を記載)に献名されたもの。カモハラトラギスは蒲原博士が柏島で採集した標本を基に海外の既存種Neopercis xanthozona(和名コクテントラギス)を1938年日本初記録とした(属名は後に変更)。しかしこの標本は、第二次世界大戦で焼失する。
カモハラトラギスのオス(15年・柏島

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蒲原博士は1960年に日本のトラギス科魚類の論文を発表。その中で沖ノ島で採集した標本を基に再度コクテントラギスを報告。ところがその後、別の学者が精査し、コクテントラギスは未記載種であるとが判明。1966年 Parapercis kamoharai 和名カモハラトラギスとして新種記載された。ちなみに、沖ノ島の標本はカモハラトラギスのメスだったという。
好奇心旺盛。頬の縞模様はオスの特徴(10年・錦江湾

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カモハラトラギスが迷走した理由は、トラギス類は雌雄あるいは幼老で体色・斑紋が異なり、さらに性転換するなどで変化が多い。また、蒲原博士が活動していた時代は資料や情報などが極端に少なかったことが挙げられるだろう。カモハラトラギスは現在でも稀種で、伊豆半島、伊豆諸島、串本周辺、柏島周辺、錦江湾、そして台湾に分布するだけである。また、コクテントラギスは学名はそのままだが、和名はオジロトラギスに替わった。
カモハラトラギスの正面顔(10年・錦江湾

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